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ラッキーショット 不惑の歳にテニスを始め、知天命の歳になったオヤジの無責任に書き散らかした雑記帳

訃報 「あゝ上野駅」



おはようございます。
金曜日は「ウマから手帖」の日ですが、それはのちほど
アップするとして、訃報が入ったので・・・。


歌手の井沢八郎(69)さんが亡くなりました。

工藤夕貴のお父さんとしての方が有名でしょうかね。
しかし、爺の世代はその唄が身体に染み付いていると
言っても過言ではないでしょう。
特に東京以北の田舎で育った人間にとっては・・・。

爺も学生時代、飛行機に乗れない(貧乏で)時代は
夜行列車(死語かな?)で東京まで行ってました。

終着駅「うえの~・・・」なんです。

この「あゝ上野駅」の歌碑が上野駅前にあります。

上京のおりには是非立ち寄りたいと思います。
羽田に降りちゃうと、上野は影が薄くなってしまう。

井沢さんは青森の出身、歌手には淡谷のり子、三上寛
相撲では先代貴ノ花、(現在は人気の高見盛)
野球では太田幸司、競馬では柴田政人、柴田善臣

そして何と言って寺山修司とその同級生沢田教一。
この二人にはかなり影響をうけた爺です。
そしていまだに尊敬できる人です。

話がそれちゃいました。

集団就職で上京する中卒、高卒の若者たちが
今の日本の礎を作ったんですよ。
当時、上野駅ではこの曲が流れていたっけ。
田舎育ちの人間にしかわからないだろうなあ・・・。


「あゝ上野駅」 作詞:関口義明 作曲:荒井英一

  『父ちゃん僕がいなくなったんで
   母ちゃんの畑仕事も大変だろうなあ
   今度の休みには必ずかえるから
   そのときは父ちゃんの肩も
   母ちゃんの肩も
   もういやだっていうまでたたいてやるぞ
   それまで元気で待っていてくれよな』

 1.どこかに故郷の 香りを乗せて
   入る列車の なつかしさ
   上野は おいらの 心の駅だ
   くじけちゃならない 人生が
   あの日ここから 始まった

 2.就職列車に 揺られて着いた
   遠いあの夜を 思い出す
   上野はおいらの 心の駅だ
   配達帰りの 自転車を
   止めて聞いてる 国なまり

 3.ホームの時計を 見つめていたら
   母の笑顔に なってきた
   上野はおいらの 心の駅だ
   お店の仕事は 辛いけど
   胸にゃでっかい 夢がある

昭和の時代がさらに遠くなってしまいます。
すっかり涙もろくなった爺です。

ご冥福を祈ります。



楽しいですね、テニス!!
雑感 | 投稿者 ユタ爺 07:53 | コメント(2) | トラックバック(0)
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